2006年07月16日

誰かの願いが叶うころ 宇多田ヒカル − 歌詞レビュー

作詞 宇多田ヒカル
誰かの願いが叶うころの歌詞を見る

誰かを大切にすることと、自分を大切にすること。両立できない現実に、切なさを感じる曲です。

相手を大切にする。ということは、時に自分を抑えることでもあります。自分の気持ちや願望を押し付けるのではなく、相手を尊重することも必要なのです。そして、相手を思えば思うほど、自分の中でわがままが増えたり、自分を抑えすぎたりしてしまいます。

また、相手のことを大切な存在と感じているのは、自分だけではありません。「自分だけのあなた」にして、独占してしまいたい。好きだからこそ、そういう感情が沸いてくるのですが、それでは、その人を想う別の誰かを犠牲にしなければなりません。具体的に言えば、恋人同士になるということは、その人を想っていた別の誰かを、傷つけることになるかもしれないのです。

自分の幸せを願うことは、悪いことではありませんし、誰にも責められるべきことではありません。しかし、そのことが誰かを傷つけたりするのです。私たちはこうして豊かな暮らしをしていますし、さらなる幸せを求めることを責められたりはしません。しかし、それは何かの、あるいは誰かの犠牲の上に立っているもので、考えようによっては、罪なのかもしれません。

というわけで、FUJIが考える、この歌詞のポイント!

同じ幸せを、すべての人に同じだけ、用意することはできない。

posted by FUJI at 16:36| Comment(4) | 歌詞レビュー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
こんばんわ ブログ拝見させてもらいました。又来ます。
Posted by mizuho at 2006年07月17日 04:50
この曲の答えは悲しい結末ですね。
世界中のみんなが幸せって綺麗事なんでしょうか?っと行き場のない疑問を。
誰かを傷つける願いが目に見えているのならそれは望んではいけませんね。
Posted by アポロ at 2006年08月20日 23:18
続けてすいません。
リンクつなぎます。
Posted by アポロ at 2006年08月20日 23:19
アポロさん、コメントありがとうございます。
現時点では、やはり世界中の人がみんな幸せっていうのは、不可能なんでしょうね。病気でも治療さえ受けられず、そのまま死んでゆく人もいれば、富も権力も手に入れて、豊かに暮らす人もいる。
どんな人生を生きようとも、死ぬときに、みんなが私は幸せだったと思えるような、そんな時代がくればいいのに、、、。そう思います。
Posted by FUJI at 2006年08月21日 16:28
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